きおろし きもの教室                            ブログ


新春ドライブ

年初めの三連休の一日、主人とドライブに出掛けました。

行き先は、茨城県笠間市。

盛りだくさんの一日になりましたので、駆け足で書きます。

 

笠間といえば焼き物が有名ですが、

この日の行き先にこちらを選んだのは、骨董市が開かれるとの情報があったからです。

笠間焼だけでなく、色々な物が並んでいました。

特に狙っていたものがあったわけではありませんが、主人はドイツのなんちゃらいうプラモデルメーカーの電車を見つけて釘付けになっていました。

骨董市を一通り見終えて、次は笠間

日動美術館へ。

とその前に、お腹が減ったので美術館前の「ポーム・ド・パン」というフランス料理のレストランに入りました。

店内には花がたくさん生けてあり、内装も綺麗で、お料理もとても美味しくいただきました。

お腹も満たされていよいよ美術館へ。ここではお正月から写真家・白鳥真太郎さんの「貌」という展示会を開催中。これは本にもなっていて、以前に図書館で見たことがあります。

主人はこのポスターがとても気に入り、いただけませんか?と受付の人にお願いすることに。

在庫を確認の上、譲っていただくことができました。



ここまで来たのですから、笠間稲荷にお詣りをします。

新年明けたばかりですから、混みあっていました。

 

お詣りを済ませた後は、最後に茨城県立陶芸美術館へ。

茨城陶芸美術館は東日本初の陶芸美術館で、

人間国宝や文化勲章受章者の作品を見ることが出来ます。

 

 

今回見たかったのは右の企画展。

茨城県といえば結城紬が有名ですが、手の込んだ作品を拝見出来ました。

その他にも着物を黒に染めるのに下地に藍を用いる「水戸染」の展示が。

この染は江戸時代、「水戸公の羽織は江戸城の金屏風によく映える」と言われていたのだそうです。

 

この間、陶磁器に全く興味のない主人は、

公園内で特別に開催されていた遊覧ヘリの飛行へ。

約15分程の遊覧飛行を満喫してきたようでした。


池田重子「横浜スタイル展」

年末年始に実家にいた際に、横浜そごうで開催中の「池田重子/横浜スタイル展」に行ってきました。

池田重子さんはご存知のように有名な着物コレクターです。

残念ながら2015年に亡くなりました。

「池田重子コレクション」と呼ばれる物は明治・大正・昭和初期の美しいものばかりですが、

それは着物だけではなくて、帯や帯留などとの素敵なトータルコーディネイトを見せてくれます。

 

今回は妹と足を運びました。

妹は現在着物を着ていませんが、

以前に着付けを習ったりして興味はあります。

二人でワクワクしながら出掛けました。

 

まず最初の入り口付近、ここだけは撮影OKというコーディネイトをパチリ。

粋な江戸前のお正月、といった感じでしょうか。

 

こちらの帯付近を拡大すると・・・

松の内だけに許される贅沢な取り合わせ。


 

池田重子さんが横浜育ちということで、ここから展示内容は港の風景や洋風なデザインなど

「横浜的コーディネイト」を見せてくれました。

展示会は、横浜そごうで8日までです。

 

見終わった妹は「ステキ~♡」とうっとり。

帰宅後、いつの間にか池田重子さんの本をネット発注しておりました。

 

 

あけましておめでとうございます

2018年がスタートしました。

皆さまどんなお正月をお過ごしでしょうか?

 

私は実家でお正月を迎え、昨日こちらに戻りました。

車で帰るときは首都高ではなくて、東京湾フェリーを使うことが多いですが、昨日もフェリーで帰ってきました。

 

東京湾フェリーをご存知でしょうか?

横須賀市の久里浜と、房総の浜金谷を結んでいます。

片道約30分の船旅です。

 

お正月なので、たくさんのお客さんが乗船していました。

私が乗船したのは16:20久里浜発のフェリー。

たくさんのカモメが、フェリーの横を飛んでいました。


ちょうど日が沈む時で、フェリーからとても綺麗な写真が撮れました。

 

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

母の手を取って歩く

今年は初夏に実家の母が入院し、その後リハビリ病院に転院して11月に退院するまで病院にいました。

その間私は何度も母に会いに行ったり、実家に用事を済ませに行ったりしました。

実家は横須賀市、リハビリ病院は横浜市。

ここから行くのはちょっと時間もかかりますが、母に元気になって貰いたい気持ちで一杯でした。

 

おかげ様で元気に退院出来ましたが、

病気の影響で左半身に少し力が入らなくなりました。

それでも軽症だったおかげで、自宅に戻って自分の身の回りのことは出来ますし、炊事や洗濯もしています。

じっと座っていることができなくて始終動き回っていた母でしたが、ここにきてやっと年齢なりになったのかもしれません。

 

自宅の中は歩き回っている母ですが、まだ退院一ケ月。

一人で外出させるのは怖いので、

通院などの用事には付き添っています。

 

母が外出時する際には杖。左側に力が入りにくいので、右手に持ちます。

私が母の左側に立ち、母は自分の左腕を私の右腕に絡ませます。

道に段差があったり、ちょっとしたスロープでは歩きにくいらしく、

私の右腕を掴む母の手に力が入ります。

 

子供の頃には、母が私の手を引いていたのにね・・・。

今まで大した親孝行もして来ませんでした。

ゆっくりゆっくり歩くようになった母。

私の右腕に絡めた母の手を取りながら、

私は母のこの腕の感触を一生忘れないだろう・・・、と思うのです。

 

そんな訳で、今年のお正月は例年より少し早く実家に帰ります。

皆さま、良い年をお迎えくださいね。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

「棗(なつめ)」が出来るまで

お茶の道具には様々なものがあります。

その中で裏千家・表千家・武者小路千家の三千家の茶道具を400年に渡って作り続けてきた10の美術工芸の家を

「千家十職(せんけじっしょく)」と呼びます。

楽茶碗の「楽家」、一閑張りの「飛来一閑家」、土風炉・焼物の「永楽家」・・・などなど。

その中に棗や香合・盆などを作る塗師(ぬし)の「中村宗哲家」があります。

 

毎月裏千家から送られてくる会報誌があるのですが、

その中で毎月この「千家十職」の技を紹介する特集ページがあります。

今回はこの中村宗哲家。

当代は13代目で女性です。

左の写真は「切り型」と呼ばれる棗の寸法を正確に伝えるものを棗に当てているところ。

千利休の定めた「利休形」を守るために、400年伝えられてきたものです。

写真は2点とも「裏千家グラフ」2017年12月号より
写真は2点とも「裏千家グラフ」2017年12月号より

今回の特集ページで面白いと思ったのが、

右の写真の棗を作る際に使用する道具類。

左から3・4番目の刷毛は上塗り用で、柄の先には人毛。

その右隣りは「ふしあげ」といい、上塗りの際に入ったホコリを取り除くもので鶴の羽根の根元を削ったもの。

右から2番目の赤い筆は蒔絵筆で、鼠の毛。

一番右は「爪盤」という上絵を描く時に使うパレットで、

昔は水牛の角から作られていたとのこと。

その他にも、蒔絵を磨くのに犬の牙を使ったりもしたのだとか。

昔の人たちが自然の中から道具に適した材料を探し出すことに長けていたいたことに驚きます。

 

以前にテレビの番組で、蒔絵に使用する筆に使う鼠が取れなくなってしまって、

これから技術を伝えて行くのが難しいといっていました。

これを危惧して何とか新技術で対応しようとしたけれど、

粘り気のある漆を扱うのに鼠の毛に勝るものは生み出せなかったそうです。

環境が変わり、昔からの技術を伝えて行くのもなかなかたいへんですね。