「うち織り」の着物

日経新聞6月19日の記事です。

文章の中に「うち織り」という言葉が出てきます。

「うち織り」という言葉が一般的な言葉なのか、

この記事の舞台となっている山梨県上野原市近郊の言葉なのか

ちょっとわかりませんが、興味を引かれました。

 

内容はこんな感じです。

かつて養蚕の盛んだった地域では、汚れや玉繭であるために売り物にならずに残った繭から糸を取り、染めて織って仕立てて自分の着物にしました。

売り物にならない繭から糸を取る自家用ですから、精錬して不純物を取り除くなどの手間はかけられません。

糸の手触りも固く、光沢の少ない糸で着物を織ったのでした。

この自家用の着物を「うち織り」と呼びました。

 

この記事を書かれた安藤やす江さんは、お母さまが亡くなったのち、たんすの中からこの「うち織り」の着物の端切れをたくさん見つけました。

それらを手にしながら、お母さまの若かりし頃の苦労に想いが行き、「うち織り」のことを後世に伝えたいと思われたそうです。

親類の方などにお話しされたところ、「うち織り」の着物が集まるようになりました。

「うち織り」にまつわる色々なお話も聞くことが出来、やがて残った「うち織り」の着物から実物の5分の1~3分の1

の大きさに仕立て直して後世に残す活動を始めました。

 

「うち織り」は自家用ですし、農作業・養蚕・家事・子育ての忙しい中で作業しますから、

糸を染める染料も身近な植物やお茶の煮出し汁などで、色も黒や茶が多かったそうです。

残された着物や聞かされたお話からは、当時の女性のたいへんな苦労が偲ばれました。

 

少し前まで養蚕の盛んだった地域では、女性が繭から糸を取り、染めて織って家族の着物を仕立てる・・・

そんな生活がありました。

日本各地に色々な染めや織りがあったのです。

今「着物を着る」というと一般的には「晴れ着を着る」イメージですが、

以前はもっと身近なものもありました。

女性が夜なべをして家族の着物を仕立てる・・・という時代は終わりましたが、

そんな時代のあったことは覚えておきたいと思います。